10月14日(土)黒田オサム師来る

2017年10月11日

こんな時勢だからこそ! 身体こそ言葉だ!

黒田オサム師時局大演説会

10月14日(土)午後6時開演

弁士: 黒田オサム  音曲:浅田ガンジー

木戸銭: 大人 2000円 高校生以下 1000円

黒田オサム(くろだ・おさむ 1931年~)
美術家(パフォーマー)
1931年、群馬県桐生市で生まれた黒田の美術家としての道のりは、その不可解さから半ば伝説化している。自筆年譜によると「1938年 子供心に画家になることを決意、紙芝居屋のヨッチャンに師事。1945年 戦後自由な発想によるアバンギャルドな美術、オドリ等に熱中。1953年 カメちゃん等と乞食(ホイト)芸をおこない山谷を中心に底辺をさまよう。1988年 舞踏家ドンちゃんに見出される」。

黒田オサムさんによる神様のお話 (ニパフ資料・他より)

神様はとってもヒョウキンなお方で、子供のように隠れん坊遊びを楽しんでおられるようです。
ですから、黄金に輝く天上を仰ぎ見ても神様はいらっしゃいません。神様はときおり居場所を変え、姿をも変えて隠れていらっしゃいます。そして私達の発見をお待ちになられていらっしゃるようです。
神様探しは容易ではありません。私達は社会的階層性に馴らされた従来の価値観で神様を探し求めるからです。私達はサカサマに馴らされてサカサマであることに気がつきません。(上)と(下)をサカサマにしてごらんなさい。この世で一番偉くない人が一番偉い人よりも偉いということだってありうる筈です。大将より二等兵の方が偉いのです。60円のかつ丼より10円のスイトンの方が偉いということだってありうるのです。社会的価値観を180度変えて神様をお探しになられてごらんなさい。黄金の光りに輝く崇敬なる天上に神様がいらっしゃらないとするなら、その反対の極、地上(ジベタ)に眼を向けてご覧なさい。神様がいらっしゃるのに相応しくないような汚いジベタの片隅の片隅の一枚の破れトタンの陰に、私達の足下に跪かされている、貧しい、弱い、醜い、蔑まれた者がいる筈です。そう、この人達こそ、私達が捜し求めていた神様であるかもしれません。いや神様でないとしても神様のもっとも親しいお友達であることに間違いはありません。

誰だ!浮浪者に石を投げつけるのは。彼らこそ神様か神様のお友達である。

お見逃しなく!